稽古は強かれ、情識はなかれ

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室町時代の能楽師、世阿弥の書、風姿花伝。

”強き”の逆は”弱き”ではない、”幽玄”
また”幽玄”の逆は”強き”であって、”荒き”になってはならない。

など、音楽に通ずるところがたくさんあります。
音楽にかぎらず、芸事をする方には是非呼んでほしい本です。

自分は10年以上前から、何度も読み返しています。あまり普段読書をしない人間ですが、これは数10回以上読み返しています。
古文は、訳し方、注釈の入り方で、ニュアンスが変わってくるのもまた面白い。古文の楽しみ方の1つではないかと思います。

”稽古は強かれ情識はなかれ”

というワンフレーズがあります。
「稽古は強く、いくらやっても終わりということはない。稽古が完了した、というような慢心を持ってはならない」
というような意味合いだと思います。
”情識”=おごりたかぶり
のような意味だと思っていますが、
”情識”=”常識”
同じ発音で、何となく似ています。”常識(普通の日々、稽古をしていない状態)はない”というような意味合いもどこか感じます。これは私の勝手な解釈ですが。

”人の良い所を見るのも、悪いところを見るのも、我が手本” といった言葉が続いています。
”稽古”と言うとストイックな感じがしてしまいますが、”稽古”の程度は人それぞれでしょう。”勉強”や”練習”と置き換えてもわかりやすいかもしれません。
「目に映る物、耳にするものすべてが手本、失敗も成功も、稽古のうち。人生そのものが、稽古のようなもの」
良い事も悪い事も、何か得る物があれば、それで良いじゃない。
そんな意味合いにも捉えられるかなと思っています。

日本語、言葉って書いた本人の意図とは別として、受け方一つでまた違った意味で捉えられる事が多いと思いますが、
特に古文なんてのは少ない言葉の中に色々な意味が詰まっている事が多く、そういう色々な自分なりの解釈をしてみるのも、楽しみの一つかなと思います。
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